次女の高校生活は楽しいものであった。
しかし、受験生活は非常に過酷で厳しいものでした。
県下一番の進学高校の進路指導は非常に厳しいものでした。
次女はどちらかと言うと短期集中型で勉強をする方だったので後半の追い込みに期待しながらセンター試験を待ちました。
そして、待ちに待ったセンター試験結果は次女の幸運も手伝って期待以上の成果を出しました。
学校の先生も塾の先生も700点の中盤は期待していなかったので、その出来栄えには驚いていました。
さらに、我が家では長女と同じ鳥取大学医学部看護学科に学校推薦入学を希望することを学校に告げました。
ところが、担任の先生は学校推薦に難色を示したのです。
そうでしょうね。
どんなに頑張っても学校推薦で入学できるような内申があるはずがありません。
我が家では、ダメもとで受験を希望したのですが、他にも長女に用事があったついでがあったのです。
学校には内緒ですよ。
学校からは、条件付きで学校推薦を承諾していただきました。
条件は、「他の生徒が学校推薦を希望者しなかったら」と言うことでした。
ここでも、次女の幸運は彼女を味方しました。
次女以外には学校推薦を希望する生徒がいなかったのです。
苦心しながら学校推薦をしていただき、次女は小論文&面接にいきましたが、手ごたえはなかったらしいです。
その後、第1希望を絞り込み熊本大学の看護を受験することを決めて試験に備えていたのです。
そして、学校推薦入学試験の合格発表の日に長女に頼んで番号確認に行ってもらいました。
長女は、次女の指定した9時に学校へ行き、合格発表を見ようとしたのですが、合格発表が見当たらないのです。
そのことを次女に電話してきた長女は、時間確認をするとなんと発表は10時だったのです。
長女は怒りと恥ずかしさを抑えながら、妹のために10時に再度発表を見に行ってくれました。
そして、運命の時が・・・。
電話で長女は、次女の番号が「あったよ」と伝えてくれました。
次女の強運は、すばらしいものでした。
合格したことを、早速 学校と塾に知らせました。
学校の先生も塾の先生も、合格の知らせを狐につままれたごとく信じられないようでした。
何度も何度も次女に確認の電話があったので信じてもらえないのがわかりました。
こうして次女は見事に鳥取大学医学部看護学科に入学しました。
人生は努力も重要ですが、運を見方にできる次女の快挙に運命を感じられずにはおれません。
でも、よかった。よかった。