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看護師を目指している次女が4回生となり、今年は就活の年です。

看護師の就職は、たくさんありますが人気の順に条件が悪くなってきます。

看護師の報酬は、高いのですが仕事の重要性、困難性は半端ではないようです。

私も、昨年入院を体験しましたが、看護師さんには感謝以外のなにものでもありませんでした。

たくさんの入院患者を数人の看護師さんが看護するのですが、この仕事を次女がするのかと思うと涙がでそうになりました。

ところで、次女の就活は親元・地元で探しているようです。

来月、県立医科大学付属病院の採用試験があり、帰省するようです。

大学病院からも就活を進められるようですが、次女は地元の病院を考えているようです。

親としては、地元で就職してくれるのがうれしく思っています。

結果は、どうなるかはわかりませんが、頑張ってほしいものです。
posted by くりん at 17:54 | 医学部
三女の大学受験は、姉2人とは少し事情が違います。

姉は理系の大学を受験しましたが、三女はなぜか文系で受験大学の選定から違いがありました。

高校生活を満喫した三女は、国公立大学にはギリギリの成績だったので心配は大きかったです。

でも、探せばあるものですね。

公立大学に何とか入学できたのは、奇跡に近いかもしれません。

情報経済を志していた三女にも幸運が舞い降りたようです。

しかし、彼女も地方大学ですので、3月には引越しは免れません。

その年、長女が大阪の病院に就職が決まって帰ってくることになっていました。

その入れ替わりで、三女は引越しの準備をすることになります。

三女の地方大学は、山間部にあるためマンション暮らしではなく、学生寮で団体生活をすることになりました。

わがままな三女に団体生活ができるのか、心配の種がなくなりません。

しかし、3人姉妹が国公立大学に入ってくれたお陰で何とか生活はできていますが、私立大学だと我が家は破産してもおかしくなかったです。

親孝行な娘でよかったと夫婦で話しています。
posted by くりん at 12:03 | 国立大学
三女の高校生活は、意外な結果に驚いています。

三人の中では、実力はないのですが、一番の頑張り屋さんで勉強時間は一番したと思います。

しかし、誰のDNAなのか、要領が悪くて基礎問題は解けるのですが、応用力がまったくと言っていってよいほどありませんでした。

なので、簡単なひねり問題、引っ掛け問題はことごとく出題者の罠にかかります。

クラスでは人気者で友達は沢山いたようです。

クラブは、次女に誘われて吹奏楽部に所属し、夏は野球部などの応援にまた、定期演奏会の練習やスポンサー集めに奔走していて勉強は二の次になっていたようです。

ですから、大学受験勉強は出遅れたようにも思えましたが、これも意外な結果を見ることになったのです。
タグ:高校生活
posted by くりん at 20:59 | 高等学校
看護師の道を目指した次女は現在3回生になりました。

サークルでは、オーケストラに所属してクラリネットを担当しています。

高校時代には、吹奏楽部に所属してバスクラリネットを担当していたのですが、大学ではバスクラリネットがなかったので、少し違いはあるけれど、なじみのあるクラリネットにしたそうです。

娘たちは、順調に自分の世界を見つけて歩き出しています。

看護師を志して社会に貢献したいと言っていました。

志の高さにわが娘ではありますが、誇りを感じているのは私だけではないと思っています。

彼女の叔母や祖母そして母親の叔母が看護師であったのでみんなが暖かく見守ってくれています。

少し幸運の星の下に生まれた彼女の今後を期待したいと思っています。
posted by くりん at 23:20 | 国立大学

長女は、今年無事に臨床検査技師の国家試験を見事合格しました。

卒業後、某病院勤務が内定して現在は順調に仕事をしています。

大学では、臨床検査技師の勉強とともに大学のオーケストラに所属して4年間の大学生活をを有意義に過ごしたようです。

更に次女も同じようにオーケストラに所属して姉妹そろってクラリネットを吹いています。

私たち夫婦は1年に1回の定期演奏会を楽しみにして定期演奏会にはそろって観覧にいっています。

そして、娘の成長ぶりをみて2人で喜んでいます。

まっすぐに、まじめにそして大きな病気や怪我をせずに無事に育ってくれたことが何より嬉しく思います。

順調な子育てが終わろうとしていますが、過去を振り返ってみるととても幸せな人生であり、幸福な家庭を築くことができたと思っています。

皆さんも、子育てを振りかえったときに「幸せ」を感じるようになればよいですね。
posted by くりん at 17:15 | 国立大学
次女の高校生活は楽しいものであった。

しかし、受験生活は非常に過酷で厳しいものでした。

県下一番の進学高校の進路指導は非常に厳しいものでした。

次女はどちらかと言うと短期集中型で勉強をする方だったので後半の追い込みに期待しながらセンター試験を待ちました。

そして、待ちに待ったセンター試験結果は次女の幸運も手伝って期待以上の成果を出しました。

学校の先生も塾の先生も700点の中盤は期待していなかったので、その出来栄えには驚いていました。

さらに、我が家では長女と同じ鳥取大学医学部看護学科に学校推薦入学を希望することを学校に告げました。

ところが、担任の先生は学校推薦に難色を示したのです。
そうでしょうね。
どんなに頑張っても学校推薦で入学できるような内申があるはずがありません。

我が家では、ダメもとで受験を希望したのですが、他にも長女に用事があったついでがあったのです。
学校には内緒ですよ。

学校からは、条件付きで学校推薦を承諾していただきました。
条件は、「他の生徒が学校推薦を希望者しなかったら」と言うことでした。

ここでも、次女の幸運は彼女を味方しました。

次女以外には学校推薦を希望する生徒がいなかったのです。

苦心しながら学校推薦をしていただき、次女は小論文&面接にいきましたが、手ごたえはなかったらしいです。

その後、第1希望を絞り込み熊本大学の看護を受験することを決めて試験に備えていたのです。

そして、学校推薦入学試験の合格発表の日に長女に頼んで番号確認に行ってもらいました。

長女は、次女の指定した9時に学校へ行き、合格発表を見ようとしたのですが、合格発表が見当たらないのです。

そのことを次女に電話してきた長女は、時間確認をするとなんと発表は10時だったのです。

長女は怒りと恥ずかしさを抑えながら、妹のために10時に再度発表を見に行ってくれました。

そして、運命の時が・・・。

電話で長女は、次女の番号が「あったよ」と伝えてくれました。

次女の強運は、すばらしいものでした。

合格したことを、早速 学校と塾に知らせました。

学校の先生も塾の先生も、合格の知らせを狐につままれたごとく信じられないようでした。

何度も何度も次女に確認の電話があったので信じてもらえないのがわかりました。

こうして次女は見事に鳥取大学医学部看護学科に入学しました。

人生は努力も重要ですが、運を見方にできる次女の快挙に運命を感じられずにはおれません。

でも、よかった。よかった。




posted by くりん at 11:29 | 高等学校
次女の大学受験は、またもや幸運がありました。

この娘の高校生活は、吹奏楽に始まり吹奏楽に終わったと言っても過言ではないでしょう。

小さいころからピアノを習っており本人も音楽には親しみを持っていたのでしょう。

ピアノは大好きでピアノの練習は進んでしていました。

学校の宿題よりも熱心に・・・。

その傾向で高校入学とともにピアノのレッスンはやめたのですが、吹奏楽部に入部しました。

そして選んだ楽器は、バスクラリネットという地味な楽器でした。

選んだ理由を聞くと誰もする人がいなったので「私が立候補」したということでした。

次女らしい選択でした。

posted by くりん at 11:21 | 高等学校
長女が国立大学に受験しました。

1月の雪の降る寒い日にセンター試験が行われ、長女は近所の国立大学へ徒歩で行きましたが、前日からの雪で足元が滑ってしまいました。

試験を受ける前から「すべる」ことになり縁起が悪いです。

そして、センター試験の結果は・・・・。

最悪の結果になりました。

9教科800点を目指していたのに、700点の中半となりました。

第1志望を神戸大学にしていたのですが、2次試験は微妙な感じでした。

あたらなくて良い予想は、見事に的中しました。

第2志望を信州大学と鳥取大学で迷った結果、偏差値を考慮して鳥取大学医学部へ受験することにしました。

そして、3月末日に結果発表。

見事、国立大学合格しました。

よかった。よかった。
posted by くりん at 19:10 | 国立大学
三女の高校入試は、とても想像していない結果が出ました。

中学では水泳部に所属して3年生を向かえ、高校受験に向けて勉強をしてきました。

和歌山県では、高校への推薦入学という制度があり、ダメ元で一定の成績を残した子供たちが県立高校への推薦をしていただけます。

三女もクラブに勉強にと頑張ってきましたので、推薦入学に申請をしていただきました。

長女、次女に比べると、やや成績が劣っていたので推薦をしていただけただけでもありがたいと思っていました。

三女も自覚していますので、受験に向けて日夜受験勉強に余念がありません。

そして、推薦入試の結果が出たのです。

三女は、県立の進学高校の推薦を見事に合格したのです。

自然と笑顔が出ている三女を家族みんながお祝いをしました。

三人姉妹の受験が三人三様の結果に、親としても驚きが先にたって笑ってしまいました。

人生は不思議なことが起こりますね。

予想をしていなかった結果になりましたが、三女の未来が楽しみになってきました。
posted by くりん at 17:34 | 中学校
長女の高校時代は、手探り状態で大変でした。

今、振り返ると県立の進学校へ行っていたら彼女の人生は変わっていたと思います。

しかし、現実には有名私立の女子高へ行くことになり、特別進学クラスでありました。

1年生のときは、ずば抜けた才能をしめすことができたのですが、2年生のときには、恩師と仰ぐ先生が突然の辞職というできごとが、更に長女の高校生活に変化をもたらしました。

1年生のときには、医学部も視野に入れるというほどの成績でしたが、恩師がいなくなってから環境が変わってからは徐々に成績も落ちていきました。

更には、3年生のとき、それまで同じクラスで2年間勉強していた級友がクラス変え問いう環境の変化が襲ってきました。
高校からのクラスと中学校からのクラスを成績順に変えるというのです。
しかし、長女はこのプレッシャーをも見事にはねのけました。

友人にも恵まれのでしょう。

長女は、学年のトップ3にはいることができたとともに友人も同じようにトップ10の人たちになっていました。

それぞれが大学受験を目指して頑張って勉強をして、みんな有名私立大学や国立大学に合格しました。

長女は、国立大学医学部へ入学が決まりました。
posted by くりん at 20:34 | 高等学校
次女の高校受験は、長女の時と同じ私立高校を滑り止めにしましたが、次女は県立を目指すというので県立高校受験に的を絞って受験しました。

次女は小さいころから、くじ運が非常に良くて3人の中でも群を抜いています。

そして、その実力はここで発揮しました。

塾での県立高校受験判定がB判定であり、試験の結果も思わしくなく不合格の予感がぬぐえない状況でした。

しかし、次女は県立高校普通科を見事、合格しました。

本人も私たちも大喜びでした。

強運は人生をも変えるのです。
タグ:高校受験
posted by くりん at 22:55 | 中学校
高校受験も3人3葉でありました。

3人とも県立進学高校を目標に勉強をしてまいりました。
得意科目もそれぞれ違っていたし、クラブ活動もそれぞれでした。

しかし、目指す大学は国立大学と決めていたのです。

まず、長女の場合はスベリ止めに私立女子高特別進学クラスを受験したのですが、県立高校受験直前に私立高校から学費免除の特待生として迎え入れたい との申し入れがありました。

妻と私と娘はいろいろの思いで考えました。

長女の目標は、得意の数学を生かせる県立進学高校の数理科を考えていました。
そして、理数系の大学へ。。。

考えに考えぬいた結果長女は、私立高校への進学を決めました。
私は複雑な思いでした。

学費は心配ないですが、目標を遂げないでよかったのかと。
長女にとって始めて迎える人生の岐路でした。

この後に待っていた思わぬ出来事が、長女の人生を変えたのかもしれません。
posted by くりん at 00:06 | 中学校
娘たちが、中学生になるとそれぞれの生活パターンが出来上がって両親との時間が少なくなってきますね。

長女の春菜はソフトテニス部に入部して、1年生から早朝練習に放課後の練習、学習塾、ピアノレッスンなどなどスケジュールがいっぱいで、年がら年中屋外での練習に真っ黒な顔をしていました。

次女の夏江は1年生でクラブには入部しなかったけれど、ピアノの腕を見込まれて合唱部にスカウトされ、早朝練習やら何やらで毎日忙しい日々を過ごしていました。
挙句には、自分の卒業式のピアノ演奏を引き受けたのですが、涙で十分な演奏ができないという状況だったそうです。

三女の冬香は姉の忙しぶりを観察していてクラブはしないのかと思いきや、水泳部をチョイスし、年中をミズスマシのごとく泳いでいたので真っ黒になって夜には白い歯が印象的でしたね。

でも、そうしたクラブ活動を通じて先輩、後輩の付き合い方や交友を広げて個人個人の個性に合った世界を作り出しながらうまく親離れをしていきました。

高校受験では、そうした仲間たちと切磋琢磨しながら競い合って勉強に励むことができたのだと思います。

父親の私が最後まで子離れに時間がかかったように思います。
寂しい父親の宿命ですね。

posted by くりん at 22:19 | 中学校
女の子から少女に変わる時期は娘との関係が一番難しい時期ですね。

うちの娘たちも小学校5年生から6年生がその時でした。

第一反抗期は幼稚園の年長のときでした。
しかし、このときはまだカワイイ反抗期で、娘の成長を喜んでいられました。

第二反抗期は少し違いました。
父を男の人と感じるころで、昨日までお風呂を一緒に入って素っ裸で部屋を走り回っていたのが、突然 「お父さんとはお風呂一緒にはいらへんから」といきなり態度が変わるんです。
悲しみをこらえるのが大変でした。(泣)

そして、会話が減りスキンシップは嫌がられ、その癖お小遣いはほしがります。
反抗期は、はしかの一種みたいなもので時期がくれば、自然と治りますがね。

でも、このときの対応を間違うと娘の性格が曲がってしまうのですよ。
母親の役割が大きなウエイトを占めてしまうのもこの頃からです。
posted by くりん at 21:15 | 少女期
ピカピカの小学校1年生。

長女は学校が好きで好きで、39度の熱が出ても学校を休みませんでした。
さすがに、お多福風邪では登校はできませんでしたが。

次女は、朝起きれなくて4月は毎日泣いて、泣いて学校で行きました。
ある日私は、次女に言いました。

毎日泣いて学校へ行かない子は、サンタさんに嫌われてクリスマスプレゼントをもらえないから明日から泣くのをやめようね。
次女は小さくうなづきましたが、わかったとは思えませんでした。

しかし、次女は次の日から泣かなくなりました。(サンタさんありがとう)

三女も学校が好き というより給食が好きで学校へ行ってました。
何はともあれ学校へ行ってくれたのは良かった、良かった。

入学と同時に3人とも1年生から学習塾とピアノ、スイミングへ通わせました。

子供たちに毎日何かしらすることが必要なことを、ここで小さな脳裏に植えつけたかったのです。

3ヶ月も続けていると親が知らせなくとも、自分で勉強をし、ピアノの予習、復習をするようになっていました。(大成功)

スイミングは週1回でしたが、楽しみにしながら待つ我が子は私たち親の期待どおりの人生を歩みました。
posted by くりん at 21:23 | 幼年期
4歳から5歳にかけての教育は「親子の絆」を作る2年間でしたね。

皆さんは、どうして「絆」を築いていますか。

私たちは、子供たちと生活の距離をつめて生活するようにしました。

具体的には、朝の「おはよう」から始まり「おやすみ」までの時間をできる限り子供のために使うようにしました。
そして、子供の自立を促すように自分でできることはすべてさせました。
○ 着替え
○ 掃除や片付け
○ 親のお手伝い
などなど。
また、生活上のなかでできる数字やひらがなの勉強や童謡を教えたりしていました。

お風呂での数かぞえやおやつの数をかぞえたり、電車や車での移動中に見えるひらがなの広告や看板を読んだりしました。

これが、恐ろしいくらいに子供たちには刺激があったのか、一生懸命考えて答えるので親の方も飽きずにいつも付き合っていましたね。
機会があるごとにしていると子供のほうからしてくるようになりますよ。
カワイイですよ。

このため、子供たちから親への信頼感が大きく育って、強い絆を築くことができたと思います。

小学校で落ちこぼれにならないための学習方法
    ↓  ↓  ↓
ひらがな/カタカナ/足し算/引き算/漢字をどんな親でも幼稚園児に、2週間以内でマスターさせることができる科学的根拠に基づく確実な方法

posted by くりん at 17:32 | 幼年期
0歳から3歳の○○って何か?

皆さん、わかりましたでしょうか。

子育てを経験した方はお分かりですよね。

そうです。「母乳」なんですね。

「母乳」は、栄養価も高いですが、精神的な安定が大きいと思います。

最近の母親は「母乳」で子供を育てている割合はどれくらいでしょうね。

残念ですが、近年の「母乳率」は非常に低下しているそうですよ。

もっと、もっと「母乳率」を高めて子供との強い絆を育てていただきたいと思います。



posted by くりん at 19:46 | 幼年期
子供の教育は0歳から始まっているといっても良いのではないでしょうか。?

私たちの子育てで重要な要素を占めていたのはこの0歳から3歳の時期かもしれませんね。

この時期の子供は親の愛情を一番感じるときではないでしょうかね。

言葉ではなく親の気配と動きを感じて、見て、触って、日々成長をしていると思います。

このときの教育はなんといっても「○○」だと思います。

「○○」が教育??

そう、○○から子供へ沢山の情報が伝わります。

そして、子供は愛情をからだいっぱいに受け止めています。

更には、子供とのスキンシップが最も必要な時期ではないでしょうか。

「入浴」「声かけ」「添い寝」「遊び」生活のすべてが子供には新しいことばかりで刺激の連続だと思います。

このときに愛情をそそがなければ親子の信頼関係は充実したものにはならないかも・・・。

とにかく、3人の子供たちには時間をかけて愛情をそそぎました。

その甲斐あって3人の娘たちは親の期待どおりに育ってくれました。

この時期を過ぎてしまっている方は第二の愛情伝達期に頑張りましょう。
posted by くりん at 22:59 | 幼年期
三女 冬香 平成1年生まれ

職業 県立進学高校2年

性格 ずるがしこく、しっかりもの。

特技 おねだり

得意科目 社会 国語 

趣味 パソコン、水泳、買い物

クラブ 吹奏楽部(トランペット)
posted by くりん at 22:20 | 子供
次女 夏江 昭和62年生まれ

職業 国立大学医学部1回生

性格 まったりしていてやさしい。

特技 昼寝

得意科目 数学 

趣味 ピアノ 音楽鑑賞 おしゃれ

大学サークル 学祭などの企画するところ
posted by くりん at 22:15 | 子供

三女の国立大学への道
三女の高校生活は・・・
看護師への道
臨床検査技師 国家試験 合格だ
次女の大学受験は幸運
次女の高校生活
長女の国立大学受験の合格発表
三女の高校受験
私立高校特別進学クラス
次女の高校受験
長女の高校受験は意外!
中学生になると
反抗期
小学校1年生
絆の2年
0歳から3歳の○○?
0歳から3歳
第三子三女
第二子次女
第一子長女